●幸福の黄色いチンチン電車

March 03, 2009

永遠に失われたものへの息苦しいまでの憧憬....

初めて訪れたのに切なく優しいそんな気持ちに肉体の細胞の全てが包まれる - そんな体験をさせてくれる場所をこの地球上に見つけてしまいました。

今日は発見した事を後悔するほど愛おしいそんな街に関する駄文です。

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花の都巴里へ向かう車に乗られなかった翌日、ブリュッセルにて朝5時に起床。出発の支度は前の晩に済ませていたのでそのまま静かに出て行きたかったのですが家主のミミちゃんに前の晩「行く前に絶対に起こして!」と釘を刺されていましたので、100年以上前の古い階段をなるべく軋ませないよう静かに降りてドアをノックしたら眠い目をこすりながら出て来たミミちゃん。

「何か食べるものを持って行きなさい!」

とキッチンにあったものを豪快にビニール袋に突っ込んで渡してくれました。まだ未開封のジャムやスプーンがそのまんま入っているという飾りのない情に胸を熱くして、まだ真っ暗で霧に包まれたブリュッセルの街の雨で濡れた石畳の路面をスーツケースを転がしながらチンチン電車の停留所に向かいました。数少ない通行人の吐く息は真っ白。停留所でひげ面のおじさんがジェスチャーで「寒いねぇ〜」。

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それから数時間後、大西洋へと流れるテージョ川とその畔に広がるオレンジ色の屋根の家々を眼下にする高台でアフリカからやってくる春風に抱かれて友人リカルド&パウロと一緒にビールを飲んでいる自分がいました。

ヨーロッパ大陸最西端の国、葡萄牙の首都リスボンの空港に着くと出迎えのところで;

「Japanese Guy」

「Smile if your name is Ken」

と書かれたプラカードを持って待っていてくれた友人のヌーノ&リカルド。破顔しながら抱擁しましたが心では泣いていましたよ、ホント。

そのまま荷物を置いて旧市街の狭い道を通り小高い丘の上にあるくだんのカフェへと行くのですが、その坂の多い町並みから忽然と現れる古ぼけた黄色いチンチン電車を見た時の感動たるや!どんなユネスコ世界遺産よりもこの情景が「俺は好きだっ」。

初めて来たのに懐かしい街。人生で一番大切なのは小さな喜びなのだという事を痛感しながら古ぼけたチンチン電車を眺めつつ80才ぐらいのおばあちゃんが切り盛りしているスナック・バー(とはいっても日本の所謂「スナック」とは全然違いますが)でジンジャと呼ばれるサクランボで作られる酒を腰も下ろさずグビっとほぼ一気飲み。ここは失われつつあるヨーロッパをヨーロッパたらしめている「ヨーロッパらしさ」がまだ脈々と生きている数少ない街の一つ也...

追い求めても叶わぬものがある、という喜び...

今から420年以上前の1584年、天正遣欧少年使節が最初に踏んだヨーロッパの地がここリスボンでした。帆船しかなかったこの頃欧州に来るのは、ヴァージン・ギャラクティックで宇宙旅行に行くより遥かに凄かったといっても過言ではないでしょう。帆船は一定の季節風が吹いている時期でないと動きません。海の真ん中で風がなくなって動けなくなると餓死者が出ることもありました。そうでなくても生鮮食品を摂取できないこととビタミンの存在が知られていないことによる壊血病の恐怖もあり、当然暴風や暗礁で難破する可能性も高いものでした。実際少年使節も長崎の港を出てからリスボンに着く迄2年もかかっています。彼らは結局ヨーロッパに約2年滞在して帰路に着くわけですが、復路はなんと4年もかかっております。

前記のスナック・バーも町並みもリスボンは時間が止まっているというかテージョ川のようにゆったり流れているというか、少年使節が見た当時の風景の確実に一部は今も存在し、しかも「文化遺産」として特殊保存されているのではなく、当時と同じく人々がそこで生活しているのです。

リスボン滞在中は毎晩家に招待されて手作りの料理を作ってくれて、お祖父さんが作ったという手作りのジンジャを2年以上寝かせていたのにわざわざ開けてくれたりと葡萄牙の友人達のそのもてなしようたるや... しかも何よりも嬉しかったのが本当に僕がこうして葡萄牙にやってきた事を心から喜んでくれているのが伝わって来るのです。最後の晩餐では「ファドの美空ひばり」アマリア・ロドリゲスの豪華ブックレット付き4枚組CD、最上級葡萄牙ワイン、パウロが写真を撮ったかなり豪華な雑誌、そしてリカルド&パウロと最初に出会ったしょんべん横町の「アルバトロスに持っていって皆で飲んでくれ」といわれて渡された1954年物のポート・ワイン... 情の重さがExcess Luggageに!という勢いのプレゼントを頂いてもう感謝の言葉も見つかりません...

リスボンを発つ朝はリカルドがわざわざ空港まで迎えに来てくれて「またいつでも来てくれよ。心から歓迎するぜ!」

壱:そんな粋な野郎どもが棲む街。

弐:窓まで木枠の黄色い小さなチンチン電車がガタゴト走っている街。

参:世界で一番美味しいカスタード・タルトが食べられる街。

四:オーガニックな"アレ"が北アフリカからヨーロッパで最初に入って来るので最上級のブツが手に入る街。

伍:サウダーデ(サウダージはブラジル式発音)の定義を体現している街。

そんなリスボンでございました〜

●六次の隔たり&記憶の隔たり

February 26, 2009

皆様ご機嫌いかがですか?

僕は現在白耳義そして欧州の首都ブリュッセルにおります。

4月に待望の日本ツアーを控えているBlack Light Orchestraのメンバー、ヤニック及びエリックと昨夜飲んでいて凄い事を発見してしまいました。

一ヶ月程前にエリックは偶然、彼にとって初めてのガール・フレンド、ジャンヌと十数年ぶりにばったり再会したそうです。

「今、幸せかい?」みたいな事を色々話しているうちに現在のバンドの話になりエリックはジャンヌに今度日本へ3回目のツアーに行く事を告げました。

「そもそもどういった経緯で日本に行くようになったの?」

「バンマスのダニエルが昔ロンドンで一緒にバンドをやっていたケンって友達が東京にいるんで最初はそのつてで日本に行ったのさ」

「......................」

「(低い声で)どうしたの?」

「ありえない!」

「何が?」

「私、多分その"ケン"って人、あなたと出会う前に出逢って知ってるかもしれない...」

で、その「ケン」なる人物の特徴を色々照会してみるとどう考えても同一人物だという結論に達した訳です。

今から14年前の1995年、小生が桐野美弥子に住んでいた頃、友達の紹介でキャロリンというとっても夢見がちなフランス人の女の子と仲良くなりました。ホント、一時期は毎週逢っていたと思うのですが、そのキャロリンの友達に綺麗な蒼い目でちょっとデビュー(整形)前のノーマ・ジーン・ベイカーに似た17才のベルギー人の女の子がいたのです。この子が何を隠そう「ジャンヌ」だったんです!

この二人は凄く仲が良く、しょっちゅう皆で逢ってたんですが結局皆倫敦を離れてからなんだかんだで疎遠になってしまっていたのです......

***

この晩は白耳義ビールを飲みながら走馬燈の如く色々な思い出が甦ってきましたね〜

キャロリンが「この本は貴方の人生を変えるわよ」といって誕生日プレゼントにくれたのが「星の王子さま」。実際人生が変わりましたヨ。

う〜ん「思い出〜がい〜っぱ〜い♪」

そんなこんなで話が盛り上がって気が付けば夜中の3時。翌日(つまり今日)は皆で車で花の都巴里に行ってBLOのライブを観るという事で「じゃ、あと7時間後に!」といって別れ、今お世話になっているミミちゃんと千鳥足で家路につきました。

翌朝(今朝)は8時前に起きたのですが、怒濤の二日酔い!倫敦での一夜に続きまたまたトイレにかけこんでXXXX(検閲)という悲惨な状態。このまま4時間も車に乗って巴里とは.....と絶望的な気分。

ところが絶対に時間通りには来ないとは踏んでいたものの約束の時間を1時間過ぎてもお迎えは来ず、「どうしたんだろう?」と思っていたところにブラック・ライト・オーケストラのバンマス件ドライバーのダニエルから電話が:

「実は伝えなければならない事がある...」

「何?」

「本当に済まないと思っている...」

「どしたの?」

「実はもう巴里に向かってしまっているんだ。」

「なるほど...」

「今高速に乗ってるんだけど、つい今さっきまで君を乗せて行く事をコロっと忘れていたんだ!もし巴里に来るなら電車賃払うから電車で来たら?」

「........ いや、実はある意味その方が有り難いよ。二日酔いが最悪なんでブリュッセルにいた方がいいや」

「OK。もし気が変わったら来てね」

前の日に晩飯も一緒に食べていたというのに普通ならありえない記憶の途切れ方。でも彼をよく知っている人でしたら特に驚きもしないでしょう。ミミちゃんは「ありえない!」と激怒しておりましたが、僕は「セ・ラ・ヴィ!」の一言でおしまい。悪気がこれっぽっちもないのは百も承知ですし、或る意味マジで文字通り胸を撫で下ろしております。そもそも巴里でライヴが終わって夜中の2時過ぎからまた車をブッ飛ばしてブリュッセルに戻りそのまま空港行って朝の飛行機に乗るという企画自体が狂気じみていましたから...

そんな訳で本日はブリュッセル1日ボーナス滞在。明日は太陽を求めてリスボンに旅立ちます!