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●17歳の地図
June 28, 2006
アナログ三十朗さんこと高瀬大介さんからmixiで回って来た「17歳」バトン!
何を隠そう熟れし恥ずかし初バトンもので御座いました。何気に僕の人生において「17歳」は色々な意味で非凡かつモラトリアムな時期であったので、こんな機会に振返ってみるのも一興かと思いつつ徒然なるままに~
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- 17歳の時何してた? -
日本の高校を退学し、一人で巴里経由で大英帝国に移住した年です。母親がいなければ何も出来ず、クラスの他の友達と比べても周りへの依存度が極めて高かった僕の中で突然パラダイム・シフトが起こり、生まれ育った"自称"「東洋のナポリ」湯けむりの立ちこめる街熱海を後にして、19世紀はリゾートタウン、20世紀後半はFatboy Slimに代表されるビッグビーツ発祥の地としてUKにおいて最もCoolな街のステイタスをゲットしたHGの首都、Brightonに行ったのには本当に色々理由がありました。ベルトコンベアに乗って一社会人になるべく雛形に押し込まれている状況に耐えられなかったという極めてティーンでイカ臭い理由もありましたが、なによりも僕の人生史において16歳から17歳にかけては文字通り「暗黒時代」。「引き蘢り」なんてトレンディな語彙がまだ存在しなかった80年代中盤、学校から友人、社会、メディア、テレビ、ラジオその他80’sポップ・カルチャー全てが浅はかで偽善に満ちたものにしか思えず、外界とのコミュニケーションを遮断して昼と夜が逆転した生活を送りながらランボオやドストエフスキー等洋モノ純文学を読みあさり、眼が疲れたら部屋を真っ暗にして60年代のサイケロック(The Doors, Bob Dylan, John Lennon/The Beatles, Jimi Hendrix, Janis Joplin)を聴きながら魂の救済を求めていました。
ところがそんな自閉症寸前の精神崩壊状態という振り幅をきかせて英国に高飛びし、2ヶ月位で何となく言葉が喋られるようになってきたら一気に内向的な人格が外向的に変わりました。だからこの頃は兎に角語学の勉強の最短距離という事で英国人になる為のチャネリング(特にユーモア。第二次世界大戦中、英国の各都市を爆撃すべくドーバー海峡上空を飛んでくるルフトバッフェのパイロットと無線が偶然繋がってしまった時ですらドイツ人相手にジョークを飛ばしていたという英国人のユーモアは世界唯一無二。最高!)に精進しつつ、ギターを弾きながら毎日1曲以上の尋常でないペースで作詞作曲活動に没頭していました。今でも大好きなお酒の味を本当の意味で知った年でもあります。自分の中で「地軸変動」が起こった年です。
- 17歳の時何考えてた? -
17歳の12ヶ月でもの凄く変化したので一言では語り尽くせませんが、「受け身」を知らないまま「生まれいずる悩み」と取り組んでいた感があります。兎に角「子供扱い」又は「目下、格下扱い」されるのが凄く嫌いで縦社会的考え方にはもの凄く反抗していました。だから英国で自分の親より年上の人とも「ケン」、「ジョージ」みたいに呼び合って友達になれるという環境を発見して当時どれだけ救われたかは筆舌に尽くし難いものがあります。あと日本では「良い学校へ行って良い企業に就職する」という宗教的教条を教師や親にヒネリのない言い方で毎日言われ、北朝鮮並みに理論武装していた当時のモラトリアムな僕には全く意味をなさなくなっていたのですが、同年代の友人達が半ば諦めに近い気持ちで「でもそれが現実」と受け入れかけていたのを観て、銀河鉄道999の哲郎が惑星メーテルで人間のネジになる事を受け入れているのを観ているようなやるせない気分でいました。ところが海賊の本場イギリスに行ってみると、遥かに魅力的な生き方をしているキャプテン・ハーロックみたいな人が沢山いてとても力づけられましたね。
DNAプログラム的には再生産のエネルギーが最も盛んなこの時期、異性に関するイカ臭い妄想に関しましても枚挙にいとまがなかったのは言う迄もありません。
- もし17歳に戻れるとしたら? -
夜中に友達と学校に行って校舎のガラスを全部割る。
- 17歳の時やり残した事は? -
夜中に友達と学校に行って校舎のガラスを全部割れなかった事。


