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September 22, 2005
●西方見聞録其乃壱拾六: ウィーン再訪 - 非日常乃終焉二伴フ痛ミ
ホドロフスキー老師との一期一会を果たした運命の晩から一夜明けた翌9月8日木曜日。ベッドの中でだらだらしていたら午前11時にフロントからの電話がかかってきて「もう一晩泊まって行く気なのか?」いえいえとんでもない、もうウィーン行のフライトを取ってしまいましたよ!という訳で慌てて荷造りをしホテルをチェック・アウト。再び運命のカフェに赴き自分の中では夏の仏蘭西の定番ドリンク、パスティスを飲みながらこの短い時間に起こった色々な事に思いを馳せました。その後シャルル・ドゴール空港へ向かい機上の人となり再び降り立ったのが今回の旅で最も心の琴線に触れた街、音楽の都ウィーン!
前回と違い今回はちゃんとウィーン市内の空港だったので電車でWien Mitte(そのものズバリ「ウィーン中央駅」)まで僅か17分という驚異的なアクセスの良さ(っていうか千葉県にある”新東京国際空港”がアクセス悪すぎ&電車代高すぎなのでしょうね)で市内へと到着。もう既に日はとっぷりと暮れていましたが、イルミナシオンの化粧を施した夜のウィーンはそれを一度見てしまったのを後悔する位胸にグッときます。
前回何から何まで御世話になったBabsiを通じて知り合ったお友達のAnnaにWien Mitte駅から連絡をしてたまたまその時開催中のストリート短編映画フェスティヴァルへと直行。開催地は街の反対側だったのですがさすがに2度目のウィーン、Uバーン(地下鉄)&ちんちん電車の連携もサクっと乗りこなして問題なく到着。歩道にドーンと置かれたソファーに座ってワインを飲みながらプロジェクターで白い壁やショーウインドーに投影された短編映画を見て歩くというなかなか奇天烈な企画。この地域で同時多発的に行われていてその場所ごとにドキュメンタリー、アヴァンギャルド、ストーリー物等々に分けて上映されています。観るのは勿論無料。この辺の文化に対する先行投資への気合いの入り方はさすが欧州。こういった芸術家の庇護が実際の芸術に対して本当に良い事なのかどうかは個人的に微妙だなと思うのですが(変な喩えですが肥料を大量に与えて育てた野菜と土の本来の力だけで育てた野菜とでは収穫の量は明らかに前者の方が勝るでしょうが食べてみて実際に美味しいのはどちらなのか、みたいな)その正当性はさておき特にウィーンは街の隅々に文化が感じられます。
その後洒落た今時風のカフェで晩餐をしてAnnaのアパルトマンに行きました。3ベッドルームある中の一室をあてがってもらったのですが、ここがまた凄い所で全体の大きさは軽く120平米はあろうかというアパルトマン。皿洗い機をはじめ3種の神器その他全て最新のものが最初から完備。内装は今時な感じですが、天井はウィーンらしく18世紀ロココ仕様のもの凄い高さ。最寄りの駅から徒歩一分。街の中心地までもドナウ運河沿いをそぞろ歩きで20分弱という驚異的な立地条件。これで家賃、おいくらだと思います?なななんと、怒濤の600ユーロ(約81,695円)也!東京でこの立地&設備だと確実に月25万円以上すると思います。倫敦でかなり似た条件のフラット(とはいっても間取りは同じですがやや小さめで設備もそこまで整っておらず立地ももっと中心地から離れている上、交通の便もかなり劣悪、しかもベースメントときたもんだ)に住んでいる友人Pさんのとこは月に1,000ポンド(約201,294円)、これを3人でシェアしています。Annaのところも3人で楽勝にシェア出来るサイズですからそうなると一人当たりのお家賃は約27,230円!そりゃ一週間に3日もバイトすれば暮らしていける訳ですよね。ホントこの辺はビバ・ヨーロッパ!てな訳でウィーン、芸術家には実に住みやすい街です。
この晩は夜更けまで二人でキッチンにて色々と語り合いました。友達とキッチンで飲みながらあーでもないこーでもないと語り合うって倫敦滞在時以来のデジャウ゛体験。
翌9日はドナウ運河沿いを散歩した後、ウィーンの建築家Hundertwasser(日本語で何て表記したら良いのでしょうか?’フンデルトウ゛ァッサー’?)のデザインしたアパルトマンを見に行きました。可愛い色使いと床すらも平坦ではないという有機的デザイン。執拗に植物を多用したり(これは全てHundertwasserの指定だそうです)本当にオリジナリティも高く、馬鹿の一つ覚えの様に自称「東洋的」、「ZEN的」ミニマリズムに固執する現在の建築&内装デザインに辟易し始めている僕的には心が洗われるような過剰の美学を実践する建物でした。
ここのカフェで僕のウィーンにおける定番ドリンクWeisser Spritzer(詳細は’ウィーン・モン・アムール’を参照)を煽りながらおランチをし、午後はウィーンの目抜き通りをそぞろ歩きしながらポイントポイントでカフェに座ってビールを飲むという実に優雅な時間を過ごさせていただきました。この晩はAnnaのママが来ていたので3人でDVDを観るという実にチルなひとときを過ごして就寝。
10日土曜日はだらだらと公園を散歩したりカフェに立ち寄ってWeisser Spritzerを煽ったりとデカダンな時間を過ごしました。この晩は宮崎駿の「ハウルの動く城」を観に行く予定だったのですがあまりにスラッカーしていて結局間に合わず…..
11日日曜日、念願の「ハウル」を観る。何故ウィーンくんだりまで来て「宮崎駿」なんだと思われる方もいらっしゃるでしょうが答えは単純「安いんです」。大人は6ユーロ50セント(約881円)、学生は3ユーロ50(約474円)ですからビデオレンタルが流行るわけないですよね。で、問題の「ハウル」、亜米利加では酷評されたらしいですが僕は好きでした。Annaも相当気に入ったようで「もう一度絶対に観に行く」と気炎を上げておりました。基本的にはこれまでの宮崎イズムの踏襲だとは思いますが、それでもその尋常ではないイマジネーションと根底にある「愛」は評価されてしかるべきではないかと。
ともあれ映画を観た後その晩遅く前回のウィーンで会い、倫敦滞在中も会ったBabsiのお友達Davidとカフェで再会し3人でウインナー・コーヒーを飲みながら宮崎&大友アニメに関して色々話しました。っつ〜かオーストリアの皆さん本当に日本のアニメや食べ物好きですよ。すこし前までは所謂日本贔屓の欧米人って僕の知る限り皆プチ・オタッキーな人ばかりで微妙に近寄りがたかったのですが昨今は完全にユースカルチャーの一部となったようで全然普通にモードな感じです。ディズニー・アニメ=オールド・スクール、ジャパン・アニメ=ニュー・スクールという図式が成り立っているというか、ディズニーによる子供向けアニメ独裁から日本のアニメがヨーロッパの子供達の魂を救ったみたいに思っている方も少なからずいらっしゃいますね。細かい技術的な事はともかく作品の目指しているところは日本のアニメの方がディズニーより遥かに高尚だとは思います、ええ。
翌9月12日月曜日は朝早く起床してオーストリアの国営ラジオ放送局ORFへと赴きました。凄い偶然なのですが僕が倫敦時代に住んでいた家の大家さんで今でも仲良くしているお友達Theresaの旧友が何と今をときめくオーストリアで最も有名な朝のラジオ番組のDJのDuncan Larkin氏なのです。「オーストリア版七尾藍佳」とでも申しましょうか。そんな訳で本番中のスタジオに招待して頂き、一応全国ネットのFM4リスナーの方々に’Hallo!’と一声。
番組の後Duncanは多忙だったので夕方にIrish Pubで待ち合わせする事にしてORFから程近いSt. Marx Cemeteryへと向かいました。ここにはあの楽聖Mozartが眠っているという音楽を志す者にとっては正に聖地。別に意識した訳ではないのですが今回の旅は墓参りが微妙に多いような気が致します。平日だったせいか巴里のペール・ラシューズとは違い人影も殆どなくまたまたMozartの墓前にて暫く佇んでおりました。ただMozartは極貧の中亡くなり、葬儀は最も安いコースで執り行われています - 即ち棺桶等一切無し、巨大な穴の中に他の多くの亡骸と一緒に放り込まれてその上から体が腐食して土に帰るのを促進する薬品をぶっかけられるという実に野蛮な方法で葬られているのです。ですからこの墓碑も「多分この辺に亡骸が捨てられたのではないか」程度の意味しかないのですよね。
その後Annaのアパルトマンの近くにあるイタリアン・リストランテにてお昼に手打ちパスタを食べたのですがこれが伊太利亜以外で食べたパスタの中でトップ3に入る美味!ケイパーとバジリコをふんだんに使ったトマトベースのソースが手作り卵パスタといい感じに絡まった正に味の芸術品!見た目が結構普通なお店で何の期待もせず空腹を満たす目的だけで入った事もあり超感動せれんでぃぴてぃ!ウィーンに行かれる機会がある方には是非紹介したいお店です。ランチ・ワインも白をグラスで頼んだつもりだったのにカラフェで来て「ま、いっか」。そんなこんなで昼間からほろ酔い状態。
その後Annaと合流してIrish PubにてDuncanと会い石畳の広い歩道で夕日がゆっくりと沈んでいく中ギネスをガンガン飲み、話し上手なDuncanに笑わされっぱなし。翌日はベルリン行きの飛行機に乗る為朝5時に起きなければならないのにDuncanと別れた後もAnnaと一緒にメキシカン・レストランでまたコロナを飲んで結構出来上がり!
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幼少の頃、親戚のお家に泊まりにいったり家族で旅行に行ったりした時の最後の晩、布団の中で必ず感じた悲しみと切なさの混じったちっちゃな胸の痛みがあったのです。楽しかった「非日常」の終焉を惜しむ苦痛とでも申しましょうか。
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この晩酩酊したままベッドに横になってアラームをセットし灯りを消すと窓から洩れてくる街灯の灯りに照らされた高—い天井がぐるぐる回っているのを感じました。遠くの方で酔っぱらいの同志が80’s Popsを歌ってるのが聞こえてきます…..
その時、あの懐かしい胸の痛みを何十年ぶりかに覚えました。


