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September 26, 2005
●西方見聞録其乃壱拾七: Do you believe in miracle (Anata wa kiseki o shinjimasu ka)?
尋常ではない血液内アルコール度数を細胞単位でひしひしと感じながら朝5時に起床して前の晩酔っぱらい過ぎて出来なかった荷造りを慌てて済ませAnnaちゃんとお別れをした後、重たいスーツケースを引きずって朝靄の立ちこめる早朝のウィーンの街を通り過ぎ機上の人になった9月13日火曜日の朝。
デフォルトで乗物内睡眠不可な僕ですが、この日は飛び立ってすぐ意識を失い、気付いた時には飛行機は着陸準備に。最初は状況を全く把握していなくて「離陸後何か問題が発生してプラハ辺りに緊急着陸をしようとしているのかっ?!」なんて思いましたが、眼下に広がる巨大な社会主義国家独特の規格統一された無機質な団地群を見て「これは東伯林だ!」
EU国家間のフライトだったのでパスポートコントロールもカスタムも素通りで着陸ロビーへ。予定より若干早めに着いた上、スーツケースが一番最初にベルトコンベアに乗っかって出て来たのでかなり早くお出迎え到着ロビーへ。10分ほど待っていると7年ぶりに再会するロシア人のアーティスト、アレキサンダーが大きな体ともっと大きな笑顔で迎えてくれました。
まず彼のお家へ行って荷物を降ろし朝食をいただいてから生まれて初めて訪れる街、伯林の市内散策へ。アレキサンダー大王はもう既に在伯林20年以上という事で本当に色々な事をよく知っていて事細かに教えてくれました。中でも19世紀からあり現在は半ば廃墟となっているダンスホールは圧巻!今でも使われているらしいのですが内装は完全に放置プレイ。でもそれが故に逆にグッときました。
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アレキサンダーのアパートは所謂アトリエ。床は絵の具だらけで天然ジャクソン・ポロック状態。伯林のアパートらしくかなり大きいのですが何よりも凄いのはシャワー&給湯器無し!お陰で毎朝キッチンにて水(!)で体を拭くというこの世に生を受けて初めてのボヘミアンで美しい経験をさせていただきました。伯林って本当に純粋芸術家の街です。
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翌14日水曜日より世界最大級の音楽見本市、Pop Kommがスタート!小さいながらも楽しい我がレーベル、日本音響制作有限會社もベルリンの2つのレーベルとスタンドを共有しつつ僕が代表で営業活動也。日本から持って来た30枚程のプロモCDは飛ぶ様になくなってしまいかなりの手応え!またこの日は倫敦で逢ったMinistry of SoundのJonasとも再会して「業界って狭いな〜」と実感。因にMinistryは僕が京都でやっているラジヲ番組’Massiveloop
15日のお昼は2年前に日本で出会い凄く仲良くなった伯林のヴィジュアル・クリエイター集団、PFADFINDEREIのオフィスへ足を運びました。皆本当にいい人ばかりなのですが中でも特に仲の良い2メートル10センチはあろうかという長身の友人CODECとおランチ・アンド・ランチ・ビア!
その後彼らのオフィスの上の階にある今をときめくザ・ベルリンなレーベル、BPitch Controlへ。ドアを開けるといきなりかのEllen Allien嬢がソファーに横になって電話をしているのですが、実に絵になっていてカッコいいんです。この世でカッコいい女性にかなうものはないですねぇ。電話が終わってからお話をしましたが僕の事を憶えていてくれていたようで来月来日する時には再会する事を約束しました!(10月14日にageHaで回すらしいので皆様要チェックですよ〜)
そんなこんなで予定よりかなり遅れてPop Kommへ。でもやはり「日本のレーベル」への感心の高さは並大抵ではありません。本当に今欧州大陸、特に独仏&オーストリアにおける日本国のブランド・ステイタスは英米に近い、というか25歳以下のナウでパンチなヤングにとっては下手したらそれ以上ですよ!こんな事日本人として誇りにしなくても良いですが、もう劣等感を抱く必要は無い(っつ〜か最初からなかった)という事実は知っておく価値があると思います、ええ。
Pop Kommの後はアレキサンダー大王宅へ戻って一休みした後、旧伯林の中心地で戦前はカイザーの宮殿があったというAlexander Platzへ。この晩Pop Kommの一環で行われていたドイツのレコード大賞みたいなやつのアフター・パーティーだったのですがPFADFINDEREI Posseの粋な計らいで招待状を頂き、赤いカーペットの上をベンツやジャガーでやってくるタキシードを着たジャーマン・セレブ達に混じって入場という笑っちゃうシチュエーション。旅行中の僕はタキシードはおろかまともなスーツすら持っていませんでしたがレセプションのお姉様がとっても優しい人で何の問題もなく到着3日目にして伯林のセレブな上流社会に侵入成功!東京で逢った友人、HonzaやChrizla達とも再会し、色々お話をしながらタダ酒とタダ飯を頂きつつ右を見ても左を見てもジャーマン・モデル&ポップ・スターだらけのお洒落で儚いヒューマン・ウォッチングを堪能。
このパーティーが佳境に差し掛かった頃、CODECが「次のパーティーに行こうぜ!」と。かくしてモスクワの赤の広場、もしくは北京の天安門広場に匹敵する巨大さのAlexander Platzを霧雨の中横断して巨大な雑居ビルの11階にあるクラブへと移動。なんとここでは2 Many Djsがプレイしていて後半にはMUのリード・シンガー兼モーリス・フルトン夫人であるムツミさんが2 Many Djsと共にライヴ・セッション!アルコール&XXXXでパッキパキになってムツミ嬢のカリスマ的パフォーマンスにノック・アウトされた一夜でした。
翌日はCODECのアパートの大きなリビング・ルームで目覚めましたが、この日の早朝にオーストリアに行く予定だったCODECは既にいなくて「好きな様に使ってくれ」と鍵だけ預かりました。微妙に二日酔いの中、最終日であるPop Kommの会場へと向かいました。プロモ資料は殆ど手元になく、名刺交換に終始しましたがやっぱり感じたのは「自分はあまりビジネスには向いていないな」という事。まだ日本よりは欧州の方が自分的には色々やりやすいのですがそれでも自分の能力の限界を痛感。どなたかインディ・レーベルのプロモーションに御興味のある方は僕に御一報下さい(要英語)。
17日土曜日はアレキサンダー大王と市内観光。ブランデンブルグ門からポツダム広場等々押さえておきたい所は一通りカバー。その後はピーカン空の下、運河の畔のカフェでバイエルン独特のレモンを添えて飲むラガー・ビールを頂きました。そこで偶然逢ったアレキサンダーのお友達と一緒に翌日行われるドイツ総選挙について話しているとトルコ系移民による共産系政党によるデモがやってきて選挙戦ムードも一気に盛り上がり!?
日本でも報道されたかと思いますが、ドイツ人にとって今回は政権交代がかかった極めて重要な選挙なのです。下馬評では右翼保守派でイラク戦争賛成派のCDUがかなり優勢との事で基本的に左翼リベラルな伯林市民はかなり固唾をのんで動向を伺っているように見受けられました。アレキサンダーをはじめ全員が異口同音に「明日はミラクル(奇跡)が必要だね」と半ば絶望気味につぶやきながらよく冷えたビールをグググっと。
この晩一旦アレキサンダー宅に戻って小休止の後、午前1時過ぎにクラビングに出撃!伯林の公共交通機関は金土曜日及び祭日の前日は24時間運行!正にナイト・ライフの為にデザインされたといっても過言ではない街。この晩はMariaというクラブでEllenのDJを観に行きました(Ellenも後日HPの日記でこの日はDJをした後投票しに行ったと書いていました)。外気温10℃以下という過酷な条件下、吹きさらしの河畔で45分もまたされても全然めげずに伯林のクラバーの方々生き急いでおります。これは同時にBPitch Controlの伯林における人気の高さも如実に表していますよね。で問題のEllenのセットは東京で観た時よりもよりハー度でミニ丸でケミ軽な「伯林仕様」。結局この晩は翌朝9時過ぎまでパーレーした後、午後にDangerous Drumsというレーベルのマネージャー、Corinとミーティングがある事を思い出してCODECのアパートにふらふらと行って就寝。
伯林最後の日である18日日曜日、街の中心地にある古いユダヤ人教会シナゴーグの隣にあるカフェにてCorinとミーティング。今度日本音響制作有限會社とジョイント・コンピレーション・アルバムを出すという事でこの辺も含めて色々なお話をしたのですが、皆さん、我々の電子メエルってサーバーに2年以上保管されているって知っていました?アンチ・テロリズムの為だそうでキーワードを入れると過去2年間に世界中でやり取りされた全てのメエルから検索されるとか。
凄い世界になってしまいましたねぇ、何て話で盛り上がった後、アレキサンダー大王のお家へ戻ると彼は総選挙記念パーレーに出かけていて留守だったのですが小さな置き手紙がキッチンに。’Dinner is ready’と書いてありました。素敵なロシア料理を作ってくれていたのです。
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今年還暦を迎えて心臓に問題を抱えているAlexander、彼のアパートは4F(日本流でいう5F)にありエレベーター等は当然ない為長い階段を昇っていくのですが、息が切れ切れで本当に辛そうなんです。それなのにわざわざ外に買い物に行って僕の最後の日の為に料理を作ってくれていて、しかも大丈夫だと何度も言ったのに行きは空港まで迎えに来てくれたのみならず、明日も見送りに来るといってきかないのです!「朝4時に起きなくっちゃならないし、荷物も大してないし空港までの行き方は絶対に分かるから大丈夫だよ」と言っても「いいからもう何も言うな!」でピシャリ。
ロシアの人って本当に友達の為なら何でもやるタイプの人が多いですが、このアレキサンダーはそんなロシア人の中でも本当に情に厚い。それのみならず芸術に対して絶対に正直で如何に生活苦でも魂を売ったりしない人。還暦なのに給湯器すらないアパートに住んで創作を続けています。魂は実に高貴なのです。星の王子さまぢゃありませんが;
「この世で本当に大事なものは目で見えたり手で触れたり出来ないんだ」
西方見聞録其乃六で触れたもう一人の大事な友人、Danielもお母さんに「貴方はもう三十路を過ぎているでしょう。ケンブリッジ大学を出て立派な学歴があるのだし、銀行員とかもっと堅い仕事をそろそろ見つけたらどうなの」と言われた際、ありったけの誠意を込めて「お母さん、僕は銀行員になるより成功しなかったミュージシャンでいる方が遥かに幸せなんだよ」と言っていました。
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そのうちにアレキサンダーがパーティーから帰ってきました。どうやらシュローダー率いるSPDが下馬評を覆し予想以上に善戦。これでトルコ人移民の事実上の迫害もドイツのイラク派兵も当面回避されそうな気配。どうやら「ミラクル(奇跡)」が起こったみたいです。
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「芸術家にとって安定した生活よりももっと大事なものがある」のは誰でも知っている、或は少なくとも一度は耳にした事のあるありふれたフレーズだと思います。しかし文字通り”生きざま”と呼べるほど自分にとっての真実に痛ましい程忠実に貴重な毎日を生き抜いている人々と出会うのは次元を超越した体験です。僕もそうありたいと常々願っていますし、アレキサンダーにその事を言ったら「遠い日本で同じ様に生きている芸術家が存在しているというのを知っているだけで心の支えになるよ」と言われました。
まずいですね。がむばらねば!


