« 西方見聞録其乃六: The Red Rabbit Revolution - 赤兎革命 | メイン | 西方見聞録其乃八: マルコを訪ねて三千里 »
August 03, 2005
●西方見聞録其乃七: サイケな夏をコートダジュールで
3週間に渡って滞在した仏蘭西ですがいよいよしばしお別れの時が迫ってまいりました。そんな訳でやってきたのが伊太利亜国境に程近いコートダジュールに位置する小さな村、Tourrettes。出かけるときにドアに鍵すらしないという非常にのどかな場所なのですがフタを開けてみると!!!
竜宮城も真っ青のパーレータウンなんですね。7月29日金曜日朝6時38分発の電車に飛び乗り仏蘭西西端のピレネー山脈より約9時間電車に揺られ最寄りの駅Cagnes(丁度カンヌとニースの中間にある街)に降り立ちました。そこで4年ぶりに再会した友人Tootsとハグハグした後、Tootsのママの車で30分かけて村にやっとこ到着したかと思いきやチルアウトする間もなくスーツケースを友人宅に置いて仮装パーティーに直行!
これも単なる仮装パーティーというのは'仮装'でその実体は完全無欠なるレイヴ。スーツケースの置いてあるTootsのパパ宅に戻れたのが翌日の夕方。その間お昼の12時より5時間のマラソンDJセッションまで行わせていただきました。因にこのセットのテーマは'Saturday Afternoon Berbecue Music'、という訳でろくに繋ぎもせずダラダラと曲をかけていただけでしたが皆様にはそれなりに喜んで頂けた模様。
その後慌ただしくかろうじてシャワーなんぞを浴びた後、お茶をしばく暇もなく車に飛び乗ってまたまた別の仮装パーレーに。この晩はさすがにエナジー残量がほぼ0%だったので夜中にTootsのママと一緒に帰りました。デフォルトで不眠症チックな僕ですがさすがにこの晩はカッツリと就寝。
翌7/30日曜日も午後からバーベキュー・パーレー。これも所謂のどかな田舎のバーベキューを想像しては大間違い!庭では4ピースのロック/レゲェ・バンドが生演奏をしながらあちらこちらから紫の煙がたちこめるという4 REALなパーレー。この晩はデンマークの人とか英語が話せるPartierの方々がいらっしゃったので結構話し込んでいたらかなりいい時間に。気付けば友人Tootsを始め一緒に来た人達は誰もいなくなっておりました。この家はかなり山の中に位置しており、来る時も車だったのですが相当出来上がっていたせいか「酔い覚まし&XXXX覚ましに歩こうか」なんて思ってふらふらと歩き始めました。真夜中に民家はおろか街頭すらない真っ暗のコートダジュールの山道を行き先もろくに判らずにひたすら歩くというこの状況、客観的に考えると危機感を覚えてもおかしくはないのでしょうが、そこは太陽も月も射手座に入っているという筋金入りの極楽トンボである僕、「なんとかなるさ」とすぐに考えて120%スリルを満喫しつつ歩いていました。
月の明かりだけを頼りに山道をしばらく歩いていると一台のシトロエンが停まりました。乗っていたのは皆20歳前後の若人。運転していたのは黒人の男の子、助手席には白人の男の子、そして後部座席には白人の女の子が乗っております。後部座席の女の子がいきなり英語で;
Girl: Where are you going?
Me: Good question. Donno, really.
I think I want to go to the town centre.
You know, where the bars are.
Girl: Do you mean Tourrettes?
Me: I don't really remember the name. I think so.
Girl: We're going there as well. We'll take you there.
Me: Really? That's most kind of you. Thank you!
そんなこんなで見知らぬ方々に車で村まで送り届けていただきました。車中では女の子と会話していたのですが、当時も今も夢の中の出来事の様で本当に実感が湧きません。Tourrettes到着後丁重に御礼をして恐らく別のパーレーへ向かう途中であろうと思われる3人のフランス人の若人の方々と別れた後、村の広場に歩いて行くと日曜日の真夜中だというのに老いも若きもビールを飲んだりハッパを吸ったりしながら生のジャズバンドの演奏を聴き入っております。はるばるアフリカから地中海を超えて渡って来た微風が石灰質の大地を優しく愛撫する心地よい南仏の夏の夜 - 「地獄も天国もこの地上に共存している」という言葉がこれほど体の細胞の一つ一つに至るまで実感出来た瞬間はありませんでした。
ほんと、生きてて良かった!
翌月曜日は村人も日常の生活に戻り、田舎の静けさが戻ってくるかと思いきや昼休みに友人のTootsが「これから川に泳ぎに行く!」と。かくして125CCのYAMAHAのバイクに飛び乗って二人で川へと向かいました。青空の下、眼下に急な谷間が広がる南仏の道を昼下がりにバイク二人乗り - 笑ってしまうくらいに映画のワンシーンのような状況。川に着くとパーレーで逢った顔見知りの人が7, 8人いて皆でフレンチ・アルプス山頂の雪溶け水というこの世のものとは思えない程冷たい水の中にダイヴしたりして遊びました。これだけ水が冷たいと水中にいる時は全く別次元の世界に迷い込んでいるような気分になります(あとプチ生命の危険を感じました....)。
その晩は仏蘭西で過ごす最後の夜。食事をしながらTootsと話をしていたらななななななんと!この村には20年ほど前、僕がフェリーニよりキューブリックより小津よりも敬愛する異端映像の魔術師、ホドロフスキー老師が住んでいたそうな。しかもTootsの彼女のお婆ちゃんが当時の彼の妾だったと聞いて更に仰天!今は巴里で隠遁生活をしながらとあるバーでタロット占いをしているという噂のホドロフスキー。その真相を尋ねたらあっさり「うん。僕3回タロット占ってもらったよ」という返答!其の場所は巴里のリヨン駅に程近いBouleverd Daumesnilといふ通りにあるCafe le Temeraire。毎週水曜日にそこへ行くと整理券がもらえるそうです。一日20人で打ち止めとの事なので朝7時くらいには行っていた方がよいそうな。一切金銭は受け取らないそうですが、一ヶ月後自分の状況を手紙に書いてホドロフスキー老師に送る、というのが唯一の条件だそうです。
といふ訳で9月に花の都に戻った暁には'絶対'逝きます。
ホドロフスキー先生が僕の友人Tootsに対して宣った御言葉;
ある晩、師匠が無言で月を指差した。
未熟な弟子たちは師匠の指を見、そして賢い弟子たちは月を見た。
そんな訳で明日からは国自体が博物館状態の魅惑の国、伊太利亜です。
追伸:20歳未満の方がいらっしゃるのでEXPLICITな表現は自粛致しますが、上記の間ほぼずっと「瞳孔チューリップ」状態でした、ええ。


